漫風夜話

漫画に関連した過去の思い出や日常をエッセイ風に綴る。

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夜話-02 夜汽車


大晦日の前日、上野発青森行きの夜行急行列車「八甲田」は通路やデッキいっぱいに乗客を乗せて、鉄路を蹴るように静かに北へ進路を向けて走り出した。

上野から旭川まで約17時間余り、貧乏学生だった私は北海道ワイド周遊券を片手に自由席に乗りこんだ。2~3時間前から並ばなければ席を確保できず、あげくは通路に新聞紙を敷いて、出稼ぎで青森へ帰るオジサンがたの東北訛りの苦労話を聞かされながら北へ北へ、席に座れても直角の固い椅子で青森までそのままでは正直ちょいときつかった。途中停車してデッキのドアが開くたびに寒風が車内に吹き込み、寒さと猥雑さと睡眠不足で疲労困憊の帰省であった。

仙台あたりから積雪が増え、青森はまさに雪国。
明け方出航の青森発函館行き青函連絡船「摩周丸」の2等席は畳敷きで唯一足を伸ばせ、4時間余りしばしの開放感を得ることができた。毛布にくるまり熟睡するもの、友達と酒を酌み交わすもの、皆大晦日を故郷で過ごせる安堵感もあり高揚していた。

私は「ガロ」や「少年マガジン」を大事そうにボストンバックにしのばせ、兄から譲り受けたキャノンのキャノネットで船上の風景をとらえていた。
(*キャノネットはフイルム巻き取りレバーがカメラの左下側に付いており、左手の人差し指で巻き取る画期的な方式で、この機種以外今までお目にかかった事は無い。今でもこのカメラは私の手元に現存している)
canonet

鮭が遡上するように親元で正月を迎えるのが一番楽しい頃だった。母親が作る料理は日本一おいしいと思っていたし、何より家族が皆元気に揃うのは幸福なひと時であった。

この話を学生に話すと、どこか外国へでも帰省すかの様で信じられなさそうな顔つきになった、フランス人でグルノーブル出身のJは「17時間ですか?直行便だと実家へ帰れますよ」と笑いながら話した。今でこそ東京から旭川まで飛行機で1時間30分程で行けるが、その当時はお金もなく、ただただ時間だけが無闇に有り余っていたので逆に時間をかけて我が実家に帰ると「ようやくたどり着いた」と感動を覚えたほどだ。
その後も懲りずに何度か夜行急行列車で帰省したものだ。

「故郷は遠くにありて思うもの」(室生犀星)の冒頭にある詩の一説だが、この故郷も今はなく、心の内に納めている。

お正月になると夜行列車と母のお正月料理を思い出す。その母も昨年1月他界した。
(歩) 2010.1.5

※上野から旭川までの時間、青函連絡船の船名など若干記憶違いがあるかもしれません。
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コメント

昔は東京から北海道へ行くのは1日仕事でしたね。フランス人の「直行便ならフランスの実家に帰れる」との言に笑っちゃうと共に世の中の変化を感じさせられます。
2010-02-21 Sun 18:28 | URL | ちゃん [ 編集 ]
このコメントは管理者の承認待ちです
2012-11-23 Fri 22:40 | | [ 編集 ]

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