漫風夜話

漫画に関連した過去の思い出や日常をエッセイ風に綴る。

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夜話-09「アイムソーリ」

鳩山ソーリ(sorry)がかかえる沖縄の普天間移設問題は宇宙人鳩山のパワーで「空中に基地案でどうだ!」(チャンチャン)と期待していたが結局現行案で決着しそうな雲行きだ。もちろん沖縄県民、国民は納得しない、ゴリ押しなど今の時代通用しないぜよハトヤマソーリ!

小泉総理時代に「ソーリ」「ソーリ」を連呼していた辻本清美議員は秘書給与詐欺容疑で逮捕され、自分で「御免なさい」「御免なさい」と叫んでいるようなものだった。
しかしマンガでもあるまいし5月末に解決して「五月晴れ」などとよくもまあ誇大妄想的な事を何回となく喋り、平然としている姿を見ていると情けなくなってくる、マンガでもあるまいしと書いたが最近のマンガはつじつまのあわない事や時代考証などの謝りがあるとすぐたたかれるのでいいかげんなことは描けない。

最初からほとんどの国民は移設は無理だろうと思っていただろうし、何の根回しもなく官僚も排除した状態で、しかも米国とのきちんとした話し合いもなく、問題が解決されるわけがないことぐらい子供でもわかる。
子供によっては国会議員=嘘つき、民主党=デタラメ党と思われて教育上よくない、親が説明してもネット社会で事実が丸見えだ。

東大工学部で何を勉強されたのか知らないがストーリー作りは苦手のようだ。
ちゃんとしたプロットをたてて主人公、敵役、脇役、シュチュエーションを考えネーム段階で推敲に推敲を重ねようやく下描きに入るのがマンガ作成の流れで小説や創作物などはみな同じだと思う。
今更抑止力がどうのこうのとシュミレションも立てられないようではまったく総理としての資格はない、結局親の代からの豊富な資金力で総理になれたようなもので、国民の真の姿など知る由もなく、すべてがパフォーマンスであることが歴然としている。

今後ハトヤマソーリには何も期待出来ない、小沢は相変わらず選挙戦で知名人ばかりかき集め、管は覇気がなく寝ぼけ眼での発言ばかり、民社党の福嶋党首にいたっては離脱を口にするが実行にはいたらず、ズルズル連立を目論む様子だ。(天下りやダメ国会議員に税金使わせるな!)

実際この現実をマンガのストーリーにしたらバカバカしくて売れないどころか夢も希望もなくなり悲愴感につつまれるだけだ。サッカーは韓国にストレート負け、日本が誇る最新技術は中国を始めとする諸外国に持っていかれるしでモチベーションが下がる一方だ。

国としての指針や舵取りが誰も出来なくなり大海に彷徨う小舟の様なものだ、龍馬ではないが「このままではいかんぜよ」なんとか方向を見定め復活しよう!「ガンバレ日本!」と吠えたくなる今日この頃でス。
アーメン ソーメン アイムソーリ!
(歩)2010.5.25
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夜話-08「春になれば」

またまた春がやってきて、今年は桜の開花が早かったわりには
寒い日が続き、桜の舞と雪降りが重なった所もあった。
東北や北海道の花見はこれからだ、花見といえばやはり町内会で
家族揃って行った花見が一番思い出される。

旭川の神楽岡公園の桜は今はどうなっているのだろうか?
私が中学生の頃は5月の中旬が見頃であったが北国の遅い
桜の花びらは本当にまばらでとても花見の雰囲気ではなかった。
只、それぞれの家族が持ち寄った弁当やお酒で近所の人々との
楽しげな会話は子供達にとってもなごみのある平和なひとときであった。
だから数十年経った今でもあの時の様子が鮮明に思い出されるのだ。

花咲くこの季節、心が浮かれハッピーな事がいっぱいあっても良いと思うのだが、
世の中がすさんでいるせいか、テレビドラマも「八日目の蝉」(NHK)、
「MOTHER」(読売テレビ)と共通するのは子供を誘拐して逃亡する暗い話ばかりだ。
「八日目の蝉」は不実な男との実らない愛。男は、女が母となることを否定するかたわら、
妻との間には子をもうける。 絶望の中、女はその子を奪い逃亡する。
「MOTHER」はキーワードは「母性」。虐待されている生徒を暗い過去を持つ
女(先生)が誘拐して逃亡する話だ。
ドラマでこうした話が出るのはむしろ遅いくらいで「虐待」事件は後をたたない。
営利目的の「誘拐」事件と違い「復習」と「母性」が垣間見える内容だ。
最近もひきこもりの男が一家惨殺、放火と家族内のトラブル事件が絶えない。
「家族」関係がますます崩壊してきている。

家庭の有り様で面白い漫画があった。
毎年高知県で「まんが甲子園」が開催される、全国の高等学校が対象だ。
2年前の第17回大会のテーマは「偽装」で新婚家庭の奥さんがコンビニ弁当を
旦那の弁当箱に詰め替え、それを知らない旦那は美味しそうに食べてるシーンだ。
この作品は現代の家庭をズバリ描ききっていて見事に大賞を獲得した。

不況による解雇、就職難、政治不安、老後など安心できる要因が少なくなり
ますます生きにくい状況だ、ドラマやマンガはそうした事柄を見据え、未来に
光があたる夢のある話も欲しい気がする。

「春になれば」と長い冬を皆我慢しているのだが、なかなか本当の春は遠い。
ましてや妄想総理の「五月晴れ」などさらにさらに遠い話だ。
(歩)2010.4.22

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夜話-07「髪はビートルズ」と70年代

「週刊モーニング」(3月11日(木)発売)でかわぐちかいじ氏待望の新連載「僕はビートルズ」が始まった。講談社のMANGA OPEN新人賞受賞作で藤井哲夫原作をマンガ化したものである。MANGA OPEN審査員を務めるかわぐち氏は、選考時からこの原作を絶賛されたようだ。ロックとギターとビートルズをこよなく愛す師匠は自宅兼プロダクションの地下に音楽スタジオもお持ちだ。


1969年、明治大学漫画研究会に在籍中「夜が明けたら」(少年画報社ヤングコミック)でデビュー、直後に描かれた短編(直次郎シリーズ)をまとめた「風狂えれじい」「死風街」(北冬書房)は映画的技法で殺伐とした空気感(風)をつかみ取る事ができ、少し荒いタッチと台詞が70年代の漫画家志望者をとりこにした。現在と画風は違い、マイナー的で劇画風、その後「黒い太陽」で戦前、戦後の荒廃した日本を2人の主人公(ジャコ万と鉄)で描いている。(後に出世作「沈黙の艦隊」はジャコ万と鉄同様、最初は海江田と深町の男の世界を描きたかったと聞く)


70年代は世界のあらゆる文化のエポックで音楽で言えばザ・ビートルズは1970年4月に解散。グループサウンズで一世風靡したザ・タイガースは1971年に解散している。団塊世代の多く、この当時の男子高校生はビートルズやグループサウンズの影響を受け、ヘアーはマッシュルームカット(真ん中分け、やや長髪)にするものが多く、親や学校からの反感をくらったものだ、さらにジョン・レノンやヒッピーの影響を受け肩まで伸ばしていた。私も北海道の実家に帰省時、「髪を切れ」と母親にハサミをもって追っかけられた事を思い出す(当時はまだ世間体があり人の目を気にする親が多かった)。その後も今日迄、髪は少なくなったが真ん中分けは当時のなごりで、それこそ「髪はビートルズ」の気分だ。

当時かわぐちさん(先生と呼ぶとあまり良い顔されなかったのでアシスタントの連中は「さん」づけで呼んでいた、今は恐れ多くて言えないが・・・でも3年程前にご自宅でお会いした時はやっぱり「さん」づけで呼んでしまった)は、東小金井のアパート1階を仕事部屋にしていて私を含めアシスタント6人程いたが、長髪やアフロなどまるでバンドをやってる連中かヒッピーのたまり場的様相で、しかも深夜遅くまで煌煌と灯りがついていたので、ご近所はどのように思われていただろうか?

団塊世代にとって70年代は青春で人生のキーポイントだった。
「僕はビートルズ」はまだ始まったばかりだがザ・ビートルズがデビューした1960~70年代を描かれるのではなかろうか、あの時代を思い出しつつ今後の展開を楽しみにしたい。

*かわぐち氏の作品を網羅した「僕たちの好きな かわぐちかいじ」(宝島社)が2月に発売された。この1冊でかわぐちかいじ氏全作品の一端を把握できる。
(歩) 2010.3.12


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夜話-06 ダンさんと阿佐ヶ谷

ダンさんこと漫画家永島慎二さんにお会いしてサインと画を描いてもらったのは「若者たち」の舞台になった阿佐ヶ谷の「ぽえむ」という喫茶店で、マスターやご本人、そしてアシスタントの向後つぐお、村岡栄一、三橋乙揶(シバ)等がそのまんま作品に登場していた。後に彼等は漫画家やミュージシャンとして活躍されている。

 直筆画

当時、美術学校に通っていた私も阿佐ヶ谷のボロアパートに住んでおり、アパートというより江戸時代の素浪人が住みそうな平屋の長屋で四畳半、家賃にして畳1枚が1千円ほどであった。入口から2件目で、開き戸をスライドすると右手に洗面できる程の小さな流し台とガスコンロがついていた。仕切りはベニヤ板一枚という祖末なもので、隣の物音は全て聞こえてくる環境でプライバシーも何もなかった。
ただし驚いた事に住み始めて数ヶ月後に水洗トイレが全部屋についたのだ。傍目にはボロアパートであったがトイレだけはりっぱだった事を思い出す。もちろん流れる音は隣近所丸聞こえであったが・・・。
(水洗トイレといっても昔は天井に水を溜める箱が取付けられていて、そこからぶらさがる鎖をひいて水を流すので滝の様に水が落ちてきて音もすごかった・・・。箱ごと落ちて来たり、鎖が切れて流せない時もあった)


1件目も学生で夜になると尺八の練習で「ヴァオーヴァー」と音程がはずれぱなしの音色がストレートに聞こえ、隣は怪しい男女が住んでいて、銭湯から帰ると夜な夜な営みが始まり、丸聞こえする悪辣な環境に2年近く住んでいた。それだけ丸聞こえの環境が時には人助けの役に立った時もあった。怪しい男女は近所の評判になり、いたたまれなくなりそそくさに出て行った、その後に入居した怪しい男がある日その1件先に住んでいた女性の部屋に忍び込み強姦しようとした時だった。友人とニッカのレッドを飲みかわしていた時、女性の悲鳴が聞こえ友人と木刀を持ってその男を捕まえたのだ。女性は無事で次の日男は大家から追い出され、女性も即刻引っ越して行った。ボロアパートの思わぬ利点であったといえるのかなぁ?。

予断であるが、その数ヶ月前に強姦男に怒鳴り込まれた事があった。先の友人とオカラをつまみに上機嫌で飲んでいてついつい声がデカクなってしまったのだろう、何しろ仕切りはベニヤ板一枚なので筒抜け状態、強姦男も我慢の限界だった事は良くわかる。

こうした環境なので深夜お金もないのにブラついていたのだが、このボロアパートの通りすがりにあった「ぽえむ」にコーヒー一杯で粘った。(昔の喫茶店は深夜遅く迄営業している事が多く、なんとトーストまでついていた)
その店にダンさんこと漫画家永島慎二さんがよく来られていたのだ、お住まいも近くマスターとも仲がよさそうであった。(漫画で有名になった「ぽえむ」はその後中央沿線沿いにお店が増えたのだが、今ある「ぽえむ」は阿佐ヶ谷のマスターの系列かどうかは知りません。)

阿佐ヶ谷、高円寺は学生や漫画家、演劇人、「ガロ」編集長の故長井勝一氏も住んでおられた。いまだ道が狭く古いアパートも見受けられるが私が住んでいたボロアパートは遠の昔になくなり、永島慎二先生も2005年6月10日、慢性心不全のため死去された。合掌。
(歩) 2010.2.20

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夜話-05 決断の時

「アンタがた どこサ 基地サ・・・」よしだたくろうメモリアルヒット曲集「'70真夏の青春」のソノシートに納められたプロテスト・ソングだ。この2年後の1972年5月15日に、沖縄県の施政権がアメリカ合衆国から日本に返還された。
(「'70真夏の青春」のソノシートは好きな曲が多く今も大切にに持っている)


それから40年近く経って鳩山政権に変わってからも米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先問題はいまだ頓挫したままだ。鳩山総理は5月までには応えをだすとしているが本当に移設先は決まるのだろうか?

いきなり政治色のコメントになってしまったが、日本には米軍基地は沖縄だけではない、米空軍司令部が所在する横田基地(東京・福生市)の米軍ハウスにかって10年程住んでいたことがある。村上龍の「限りなく透明に近いブルー」で話題になった場所だ。

このハウスは平屋であったがリビングは24畳ほどあり、2ベットルームで4畳半程のバスルームにトイレが併設されていて、いつも誰かかしか居候がいた。近辺の空きハウスは芸術肌の若者が日本中から集まり、アメリカ人も交えた共同体となしていた時期があった。

夏の終わりかけのある昼下がり、前日から友人知人が押し寄せ朝迄飲んでいた為にリビングルームはまだ男女10人程がゴロ寝している状態だった。
その寝顔をよそに二日酔いの頭で小金井に向かった、ある人との面接があったからだ。ある人とは「漫画家K先生」である。このハウスでカメラマンやイラストレータをやりながら漫画も描いていたが、やはりプロとしてやって行くにはアシスタントをやりながら自分を磨いていかなければダメだと決心したのだ。
ハウスの生活や友達付き合いも楽しかったがその日確かに一つの決断をしたような気がする。
その決断は数十年経った今も生きている。

今日、横綱朝青龍が自ら引退した。世間を騒がせ続けたが決して嫌いな関取ではなかった。漫画やドラマにも悪と正義が混在する、「良いもの」ぶってても本当はもの凄い「悪人」もいる。
朝青龍はモンゴルの血が騒ぐのか勝てばガッツポーズもでる、しかし伝統を重んじる日本人にはヒールでしかなかったようだ、こんな形で去るのは本人もファンも残念だ。

さてもう一人決断しなければならない政治家がいるがこの方はどうされるのだろうか?
(歩)2010.2.4

「基地サ」歌詞

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