漫風夜話

漫画に関連した過去の思い出や日常をエッセイ風に綴る。

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夜話-04 重たい原稿

講師業でマンガ学科の後期試験を終えた。
レポート提出やこれまでの課題評価で済まされる先生方もおられるが、毎年後期は見開き頁の作り方から描き方を指導してテーマを与え描いてもらっている。
今回のテーマは「ドリーム」。「単なる夢おちはだめだぞ」と言うと手が進まない学生が多かった、しかも2頁で大ゴマ背景を見開きセンターに必ず配置する事を条件とした。
2週間前から伝えておいたが予想通り時間内にアップしない学生が多く居残り組が続出、30名以上に上った、そのため教務に空き室2部屋を確保してもらった。

3年生最後の試験、カンズメ経験と実際プロになれば当たり前の経験を感じとって欲しかった。完成度はもちろんだが居残ってでも描こうとするモチベーションを見たかった。

夜の8時ごろまで居残らせてしまったが、心を鬼にして取り組まないと良いものはできない。時にやさしく時に厳しく緩急つけて教えている。
80名以上の学生の原稿がずっしり重たく深夜の帰路に堪えたが一人でも多くこの業界で頑張って欲しいと願う。

「花とゆめ」(白泉社)でSさんが新人賞を取り、前日東京での授賞式を終え一泊して始発で大阪へ戻り、そのまま登校して夜の8時まで居残り試験課題を描きあげた。賞を取る学生はこうした姿勢から違うように見受けられた。普通なら帰りに東京見物をして「賞を貰ったから大目に見てね」と言いそうなのだが岡山県出身で単身で大阪の学校に通うだけあって根性の違いを見せつけられた。金のメダルと新人賞の楯をまじかに見せてもらったが彼女はさらに上に進むだろうと思う、作品だけではなく彼女の態度に予見するものがある。
「花とゆめ」メダルと楯


どこかの業界では品格問題ともみ消しでやっきになっているがマンガはペン1本での勝負だ。1本1本の線に命をかける仕事はそう多くはないだろう、学生のそうした姿を見ていると愛おしく感じる。
(歩) 2010.2.1

神戸長田にワンクール制の漫画塾を始めました。
「漫風舎」(まんぷうしゃ)ぜひ覗いて見て下さい。 
http://www.manpushya.com/

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夜話-03 夢と希望

「21世紀は凄いぞぉ!」と小学校の校長は熱く語り始めた。
坊ちゃん刈りやオカッパ頭のガキどもは手塚治虫の漫画に出てくる未来都市を創造していた。高層ビルを背景に乗り物が空中を自由に飛んでいる、人造ロボットが人間の手助けをしている、そして何より豊かな生活を送っていて皆幸せに満ちている。「私が眼の黒い内にその世界を見てみたい、君たちはいい時に生まれたなぁ」ハゲ頭の校長は羨ましそうに壇上から私らを見渡した。

「21世紀は凄いぞぉ!」しばらく校長の言葉が耳から離れなかった。ようやくテレビが一般家庭に普及し始めた頃だ。ガガーリンは人類で初めて宇宙飛行を成功させ、ジョン・F・ケネディは月面着陸を導いた1960年代の頃だ。

21世紀まではまだ時間があったが着実に未来は開けていると信じて疑わなかった。良くいえば小学校校長は私らに夢と希望を与えてくれたのだ。

しかし今現実に21世紀に入って10年経つが、この間、逆に夢も希望も失ってしまっていくだけではないか、「21世紀は凄いぞぉ!」はどこへ行ってしまったのだ。
少しは便利になったけれど人々の暮らしは年々悪くなり、心も荒み凶悪犯罪が横行しロクなもんではない。何が一体どうしてしまったんだろう、時計の針は終末へと向かっているのだろうか?ならば「20世紀少年」ではないが時計の針を逆回しにして昭和の少年時代に戻してほしいものだ。皆貧乏だったが夢と希望に満ち溢れていた。

いまさら懐古主義に走っても仕方がないがせめて明るく楽しい漫画で夢を語るしかないのか・・・
(歩) 2010.1.7

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夜話-02 夜汽車


大晦日の前日、上野発青森行きの夜行急行列車「八甲田」は通路やデッキいっぱいに乗客を乗せて、鉄路を蹴るように静かに北へ進路を向けて走り出した。

上野から旭川まで約17時間余り、貧乏学生だった私は北海道ワイド周遊券を片手に自由席に乗りこんだ。2~3時間前から並ばなければ席を確保できず、あげくは通路に新聞紙を敷いて、出稼ぎで青森へ帰るオジサンがたの東北訛りの苦労話を聞かされながら北へ北へ、席に座れても直角の固い椅子で青森までそのままでは正直ちょいときつかった。途中停車してデッキのドアが開くたびに寒風が車内に吹き込み、寒さと猥雑さと睡眠不足で疲労困憊の帰省であった。

仙台あたりから積雪が増え、青森はまさに雪国。
明け方出航の青森発函館行き青函連絡船「摩周丸」の2等席は畳敷きで唯一足を伸ばせ、4時間余りしばしの開放感を得ることができた。毛布にくるまり熟睡するもの、友達と酒を酌み交わすもの、皆大晦日を故郷で過ごせる安堵感もあり高揚していた。

私は「ガロ」や「少年マガジン」を大事そうにボストンバックにしのばせ、兄から譲り受けたキャノンのキャノネットで船上の風景をとらえていた。
(*キャノネットはフイルム巻き取りレバーがカメラの左下側に付いており、左手の人差し指で巻き取る画期的な方式で、この機種以外今までお目にかかった事は無い。今でもこのカメラは私の手元に現存している)
canonet

鮭が遡上するように親元で正月を迎えるのが一番楽しい頃だった。母親が作る料理は日本一おいしいと思っていたし、何より家族が皆元気に揃うのは幸福なひと時であった。

この話を学生に話すと、どこか外国へでも帰省すかの様で信じられなさそうな顔つきになった、フランス人でグルノーブル出身のJは「17時間ですか?直行便だと実家へ帰れますよ」と笑いながら話した。今でこそ東京から旭川まで飛行機で1時間30分程で行けるが、その当時はお金もなく、ただただ時間だけが無闇に有り余っていたので逆に時間をかけて我が実家に帰ると「ようやくたどり着いた」と感動を覚えたほどだ。
その後も懲りずに何度か夜行急行列車で帰省したものだ。

「故郷は遠くにありて思うもの」(室生犀星)の冒頭にある詩の一説だが、この故郷も今はなく、心の内に納めている。

お正月になると夜行列車と母のお正月料理を思い出す。その母も昨年1月他界した。
(歩) 2010.1.5

※上野から旭川までの時間、青函連絡船の船名など若干記憶違いがあるかもしれません。

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夜話-01 白昼夢

「日中、目を覚ましたままで空想や想像を夢のように映像として見ていること。また、そのような非現実的な幻想にふけること。」YAHOO!の辞書に書いてある、まさにその通りだ、少年時代からそのくせが治らない。
シュミレーションに似ているが「現実に想定される条件を取り入れて、実際に近い状況をつくり出すこと。模擬実験。」とある。
つまり「白昼夢」は非現実的であり「シュミレーション」は現実だ。

幻想にふけっていた少年は担任教師のつまらない話をよそにたわいのない話や夢物語のなかを徘徊していた。一人でいるのも苦ではなかった。その世界はなぜか不思議に落ち着き、楽しかった。

小説を読んでいてもひとつ気になるフレーズがあると、知らぬ間にその世界に陥り、その先を読む事ができなくなった。映画を見ていても、いつの間にか違う事を考えていた。人と会話していても空耳になり「ね?、人の話聴いてんの」「も?」とよくしかられた。自分では何とも思っていなかったけれど、度を過ぎると少しだけ病気らしい。

まともそうでまともな人がいない現在、夢見る少年の方がよっぽど幸せだ。やがてこの幻想が漫画や小説のストーリーの根幹に結びつく、同じような発想や考え方では面白いはずがない。この幻想をどう表現するかだ。

鳩山総理はあれほどの資金は幻想と思い込んでいるらしい、知っていても知らないという幻想、容疑者が時間が経つにつれて「俺は事件とは関係ない」と思い込んで行くのに似ている。あるいはその逆で「お前が容疑者だ」と耳にたこが出来るほど毎日の様に言われればそうなのかと思ってしまうのと同じだ。

何が幸せで何が不幸なのか?
これだけつまらない世の中では白昼夢に陥っている方がまだ幸せかもしれない。 
(歩) 2009.12.26

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